ACTIVITIES

1977~1972(夜明け前)

1972

大森隆志のバンド「フィールド・バック」にはドラマーがいなかった。そこで彼はとりあえずドラムセットを借りるべくメンバーの友人宅までリヤカーを走らせた。その友人は快くドラムスを貸してくれた。後に有名な、松田弘との出会いであった。

1973

松田弘、一浪の後大森のいる宮崎大宮高校に入学。「フィールド・バック」のドラマーとして参加。

1974

青山学院大学の英文科に入学したばかりの関口和之は、講義が終わっても前の席の女を口説き続ける見なれない男を発見。後に名高い桑田佳祐との出会いである。経営学部に入学した彼は、いい女が多いという英文科に潜り込んでいたのだ。
同じフォークソングサークルにたまたま参加した桑田佳祐と関口和之は「温泉あんまももひきバンド」という名のバンドを結成。オールド・ロックンロールとビートルズをカバーし、メチャクチャなステージを展開するバンドとして、たちまちサークルの名物バンドとなる。
その頃松田弘、音楽で生計を立てようと決心し、高校を中退。地元の人気バンド「クエスチョン」のドラマーとなる。

1975

 
が、「クエスチョン」解散・・・。
しかし春
青山学院大学経済学部に大森隆志、文学部英文科に原由子入学。
 
そして
フォークソング同好会に参加した原由子は、そこで「温泉あんまももひきバンド」をみてしまう。逆立った髪の毛に黒いサングラスの桑田、胸のあたりまで伸びた髪の関口を見て、原は「近寄らないようにしましょうね」と学友と話し合ったという。が、しかし一方の桑田は一年生の女の子と話すキッカケができたと喜んだ。
初夏
「温泉あんまももひきバンド」はメンバーを入れ替え「ピストン桑田とシリンダーズ」と改名。
  
そして
バンドの練習場所にいつのまにか現われたギター弾き。人なつっこくもずーずーしいその男こそ誰あろう、 大森隆志であった。
「ピストン桑田とシリンダーズ」解散。桑田は原由子を迎え、新バンドを結成。バンド名はコンサートの度 に「青学ドミノス」「脳卒中」「桑田佳祐とヒッチコック劇場」と変遷。最後に友人が風呂の中で思い付いた「サザンオールスターズ」に落ち着く。
 
そして
サザンオールスターズ最初のオリジナル曲「茅ケ崎に背を向けて」が完成。この頃から「オールスターズ」 の名にふさわしくメンバーの入れ代わりが激しくなる。

1976

大森隆志は下北のロフトでバイトを始めた。その頃の常連で立入禁止のレコード室に入るわ、大森にタダで焼うどんを作らせるわで、ロフトのダニと呼ばれていたのが野沢秀行であった。

1977

「サザンオールスターズ」一時解散。
2
渋谷公会堂のコンサートで桑田を見つけた大森は一人の男を紹介。昨日宮崎から上京したばかりの松田弘との出会いである。
桑田佳祐、原由子、大森隆志、松田弘、天野和平の5人で「サザンオールスターズ」再結成。
East Westロックコンサートに参加した「サザンオールスターズ」。第一次テープ審査、第二次ステージ審査を見事通過。ベースが「シリンダーズ」以来の関口和之に交代。
8
「サザンオールスターズ」East West決勝大会入賞。桑田佳祐ベストヴォーカル賞受賞。この大会には、カシオペア、シャネルズ等も出場していた。
10
大森の誘いもあり、野沢秀行いつのまにか「サザン」に参加。
12
ビクターにてデモテープ作成、レコーディング決定。