FEATURE
原 由子

20人の書き手が筆を取り、原 由子がメインボーカルを務めた楽曲やミュージシャン原 由子について語る特別企画。
原 由子の45年のキャリアを様々な角度から徹底解剖!
恋も変える声文=木下龍也
遠出をした帰路、親は車中で「真夏の果実」を流す。後部座席の幼い僕は、窓の外を無数に過ぎてゆく街灯を眺めながら聴いていた。中学生の頃、初めて自分で買ったCDは「白い恋人達」だった。僕が恋を知る前からサザンオールスターズや桑田佳祐さんは僕の人生にいた。それからいくつかの恋を知り、いつのまにか歌人として生活をしている。短歌は57577の短い詩だ。その小さな枠のなかにどの言葉を置き、何を書いて何を書かないか、語順はどうするか、その連なりによって読者の頭に何を浮かべることができるか、心はどう動くか、ばかり考えている。だから、曲に触れるときもまずは歌詞を読み込む。例えば、「恋は、ご多忙申し上げます」。〈恋人〉と〈彼〉が別人であるならば、忘れられないあの夏の浮気、とも捉えられる桑田さんの歌詞。愛してる、とストレートには言えないから〈愛・視点・ルール〉と言い換えている。だとしたら、この愛は他者の目や規律に縛られている、とも読める。しかし、なんという声だろう。聖歌隊の天使的な性質とボーカロイドの電子的な性質を併せ持つ原 由子さんの歌声によって、そんな人間的な濁りは中和され、浮気という読みの可能性があらゆる耳を掻い潜っている、のではないか。続いて「Anneの街」。こちらは原さんの歌詞。テキストのみならば〈あなた〉との〈思い出〉が残る街を徘徊する〈恋〉の幽霊が主体である、とも読める。しかし、原さんの透き通るような切ない歌声は幽霊の透明感にあまりにも適している。だからこれは主体の肉声である、主体には体温がある、主体は生きている、とまで感じさせる、のではないか。誤読も甚だしいかもしれないが、原さんの歌声には歌詞の持つ力を変質させるほどの深さと広さと軽やかさが宿っている。