SOUTHERN TIMES

サザン・タイムズ

みてかたるLIVE TOUR 2025
「THANK YOU SO MUCH!!」座談会

座談会参加者プロフィール

兵庫慎司

音楽などのライター。1991年春に株式会社ロッキング・オン入社、雑誌や書籍の編集等に携わり、2015年春からフリー。初めて観たサザンオールスターズのライブは、1985年のツアー『サザンオールスターズLIVE大衆音楽取締法違反“やっぱりアイツはクロだった!”実刑判決2月まで』広島郵便貯金会館公演。生まれて初めて買ったレコードはデビューシングル『勝手にシンドバッド』。個人的に一番思い入れのあるアルバムは初めてサザンのライブを観るきっかけになった『人気者で行こう』。

柴那典

1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。京都大学総合人間学部を卒業、株式会社ロッキング・オンを経て独立。音楽を中心にカルチャーやビジネス分野のインタビューや執筆を手がけ、テレビやラジオ出演など幅広く活動する。著書に『平成のヒット曲』(新潮新書)、『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)など多数。これまでに観たサザンオールスターズのライブは『茅ヶ崎ライブ2023』『LIVE TOUR 2019 「“キミは見てくれが悪いんだから、アホ丸出しでマイクを握ってろ!!”だと!? ふざけるな!!」』『LIVE TOUR 2015「おいしい葡萄の旅」』など。一番思い入れのあるアルバムは『葡萄』もしくは『KAMAKURA』。

小松香里

カルチャー誌、音楽誌の編集部を経て独立。これまでに観たサザンオールスターズのライブは『ROCK IN JAPAN FES. 2005』『LIVE TOUR 2015「おいしい葡萄の旅」』『ROCK IN JAPAN FES. 2018』。幼少期にテレビ番組で「勝手にシンドバッド」や「いとしのエリー」などを後追いで観てサザンを知る。「涙のキッス」、「エロティカ・セブン EROTICA SEVEN」、「LOVE AFFAIR ~秘密のデート」などは主題歌となったドラマと合わせてどっぷりはまる。思い出深いアルバムは『江の島 Southern All Stars Golden Hits Medley』。

(取材・文=髙木智史)

2025年3月19日にリリースしたサザンオールスターズとして10年ぶりの最新オリジナル・アルバム『THANK YOU SO MUCH』。そして1月11日(土)、12日(日)の石川県産業展示館4号館から全国13箇所26公演で開催された『LIVE TOUR 2025「THANK YOU SO MUCH!!」』は、近年のサザンオールスターズの集大成ともいうべきライブツアーとなった。その興奮と感動が湧き起こった千秋楽・東京ドーム公演の模様が収められた映像作品がついに発売された!

今回サザン・タイムズでは映像作品の発売を記念し、東京ドーム公演を実際に観覧した音楽ライター/ジャーナリストの兵庫慎司氏、柴那典氏、小松香里氏を改めて招き、映像を見ながらサザンオールスターズについて語り合う座談会を企画。今ツアーはサザンオールスターズにとってどういう存在のものだったのか? ライブで演奏された楽曲が収められた『THANK YOU SO MUCH』はどのようなアルバムだったのか? そしてサザンオールスターズとは? 映像作品から見えるサザンオールスターズについて存分に語ってもらった。

47年のキャリアで“新作”を軸に
ライブを展開する稀有なバンド・サザンオールスターズの世界的偉業

序盤の意外なセットリストに隠れた意図

皆さんには『LIVE TOUR 2025「THANK YOU SO MUCH!!」』の東京ドーム公演を観覧いただきましたが、本日はその映像作品を観ながら改めてサザンオールスターズのライブ、楽曲について語り合っていただきたいと思います。

兵庫・柴・小松:よろしくお願いします。

映像作品には東京ドーム公演の全28曲が収録され、動員は1日5万人×2日。ライブビューイングも開催され、約15万人がリアルタイムで鑑賞しました。

柴:観客席の映像を改めて観ると若い世代のファンが多いですね。

確かに。世代を超えて愛されていることを感じます。

小松:そういえばオープニングSEはないんですね。

兵庫:大抵のバンドはSEがある印象だけど、サザンはこれまでもないライブもあったかも。

小松:SEで盛り上げる必要がないのかもしれない。

観客はもうサザンの皆さんを見たいという熱意に溢れているからですかね。そして1曲目の「逢いたさ見たさ 病める My Mind」(5thアルバム『NUDE MAN』収録 1982年発売)は、非常に意外な選曲でした。

兵庫:本当にびっくりしました。何の曲だったか、一瞬思い出せませんでした。

小松:調べてみると1991年のスタジアムツアー(『Southern All Stars THE 音楽祭 -1991-』)でも1曲目に披露されていますが、それ以来になるようですね。

柴:2年前の『茅ヶ崎ライブ』(『サザンオールスターズ 茅ヶ崎ライブ2023』)では「C調言葉に御用心」で一曲目から観客が「待ってました!」という感じで盛り上がった記憶がありますけど、その時とは違う湧きがありましたね。サザンは毎回定番の1曲目があるわけではなく、今回の曲は、実質的にはプレリュード的な役割かもしれません。今回のライブ、ツアーのコンセプトがあってこの曲を選んでいるはずです。

続く2曲目の「ジャンヌ・ダルクによろしく」(配信シングル 16thアルバム『THANK YOU SO MUCH』収録 2025年発売)で、会場のムードは一気にオープンなムードへと変わります。斎藤誠さんのギターに煽られ、ステージ後方の幕が開いて「SOUTHERN ALL STARS」のネオンロゴが光り、銀テープが噴射されました。

柴:会場のムード的には、ここがオープナーだったという感じですね。ネオンのロゴは……。

兵庫:例えば『サタデー・ナイト・フィーバー』のような1970年代後半から80’sのディスコ。

柴:ブロードウェイとかラスベガスのショーのような雰囲気も感じますね。

小松:ほんとに「逢いたさ見たさ 病める My Mind」がプレリュードのような位置づけで、ここから始まったという印象を受けましたね。

柴:最新作からの曲をオープナーに担わせるのが、さすがサザンです。

兵庫:「ジャンヌ・ダルクによろしく」は、横ノリのミディアムテンポのロックンロール的な曲調で、どちらかと言うと、桑田さんのソロ曲の方で、多く馴染みのある印象ですね。

柴:しかし銀テープが早かったですね。大体クライマックスでよく見ますけど、盛大に2曲目で。ここにも驚きました。

MCを挟んで、3曲目は「せつない胸に風が吹いてた」です。

小松:この曲は、私がよく聞いていたアルバム『世に万葉の花が咲くなり』(11thアルバム 1992年発売)に収録されています。『ROCK IN JAPAN FES. 2018』でも披露されていましたが、その時は「希望の轍」「いとしのエリー」「涙のキッス」というキラーチューンに続いて演奏されていて。フェスのお祭り気分から、内にぐっと引き込むような印象を受けました。今回の東京ドーム公演でも、MCの後にまた内に引き込むような、そういう意味で演奏されているように感じられました。

柴:「ジャンヌ・ダルクによろしく」から序盤はアッパー系が続くかと思いましたが、聴かせるモードに入ったなと現場でも思っていました。サザンだからこそできる構成かもしれません。

そして4曲目は「愛する女性(ひと)とのすれ違い」(8thアルバム『KAMAKURA』収録 1985年発売)です。柴さんは、このアルバムに思い入れがあるとのことですが。

柴:リアルタイムではこの時代を通っていなかったんですが、この仕事をするようになって、藤井丈司さんと親交を持たせてもらったこともあったりで改めて聞き返したアルバムですね。ピーター・ガブリエルらを想起させる80年代のゲートリバーブを取り入れたサウンドに面白さを感じたり。このセットリストで言うと1曲目の「逢いたさ見たさ 病める My Mind」から改めて前半はAORモードだったんだなって思っています。スローテンポで、この泣きのギターソロも。

兵庫:確かに。この『KAMAKURA』とひとつ前のアルバム『人気者で行こう』(7thアルバム 1984年発売)もAORとかデジタルっぽさが入ってくるんですよね。

5曲目の「海」はまさに『人気者で行こう』に収録されている曲ですね。

小松:この曲は、おそらく女性目線の歌詞でサザンの中でも珍しい楽曲だと思います。「クズな男に惹かれるダメな女性」の歌なんだなと思いますが、桑田さんが歌うと切ない物語になるのがすごいですね。

柴:この3曲目からのAORの流れはなんでだろう? このサックスソロとか。

兵庫:でも発売された当時はAORだ! という認識はなかったかも。今のサザンの演奏力や、このライブでのサポートミュージシャンの影響もあるんじゃないかと思う。

桑田さんは、今やってみたいという気持ちがあったんですかね?

兵庫:そうなのかも。(手帳を見る)あ、東京ドームでライブを見ながら「この感じの曲は、当時のサザンよりも今のサザンがやる方が良い」ってメモしてた(笑)。キャリアを重ねて時代を経て、昔の楽曲も新しい感覚を与えてくれるサザンはやっぱりすごいね。

6曲目「ラチエン通りのシスター」(2ndアルバム『10ナンバーズ・からっと』収録 1979年発売)は、2013年以来のライブ披露です。

柴:ここまでがライブではレアな楽曲を多く盛り込むセットリストになっていますけど、これで二つのモードがあることを感じます。80年代半ばのAORモードとデビュー当時の70年代後半のモードで、この曲は後者ですね。

兵庫:余談ですがこの曲には、桑田さんの初恋の相手を歌った曲という説があります。本当なんですかね? ライブでも映像にも流れましたけど、ラチエン通りっていう通りが茅ヶ崎にあって桑田さんの原体験なんですよね。

柴:そんな初期の曲を今のアレンジでライブで演奏すると、ドゥーワップなどのオールディーズへのルーツが明確になりますし、非常に音楽的に芳醇なサウンドになっていると感じますね。

7曲目はこれまでの雰囲気をがらっと変える「神の島遥か国」(14thアルバム『キラーストリート』収録 2005年発売)。近年のライブでもよく演奏しているイメージの楽曲ですが……。

兵庫:この曲は、サザンの曲の中でもライブにおけるキラーカードだと思っています。どの流れにあったとしても盛り上がる曲というか。サザンのメンバーもライブで演奏しているうちにそう感じたんじゃないかな。

小松:ライブで映える曲ですよね。みんなで揺れて。

兵庫:「ラチエン通りのシスター」までの流れから、この曲に繋がるのは音楽的にはかなりの角度があるはずなのに、自然と気持ちが高揚させられるのはサザンの凄さです。この曲と次の「愛の言霊(ことだま)~Spiritual Message~」(37thシングル 12thアルバム『Young Love』収録 1996年発売)で、楽しいサザンのライブモードを表す役割を果たしているように見えますね。

柴:そうそう。一緒に歌って踊れる楽しいサザンのブロック。沖縄の新聞のレポートを見たんだけど、沖縄アリーナ公演(3月15日、16日)ではやっぱりものすごく盛り上がったみたいですね。あと、90年代までのサザンは洋楽を意識した楽曲が多くあると思いますが、2000年代以降は歌謡曲や沖縄のような日本の音楽を意識的に混在させるようになりました。この曲は2000年代以降のサザンにしか生まれ得ない曲だと思います。

兵庫:90年代は、「イエローマン ~星の王子様~」のようなFatboy Slimを感じさせる曲もあったね。

小松:8曲目「愛の言霊(ことだま)~Spiritual Message~」は、「神の島遥か国」と続けて聴くとオリエンタルな流れも感じますね。この曲はドラマ『透明人間』(日本テレビ系)の主題歌で、「エロティカ・セブン EROTICA SEVEN」が主題歌に起用されていた『悪魔のKISS』(フジテレビ系)と合わせてこの時期はドラマ主題歌としてもサザンをよく聴いていた思い出がありますね。

柴:お茶の間にも浸透したヒット曲が多かった印象ですね。

小松:このトランペットからTIGERさんのロングトーンとか、ライブではアレンジがその時々のバンドのモードでアップデートされていて。それも含めてライブで必ず盛り上がるという、この曲の偉大さをすごく感じますね。

兵庫:『Young Love』の音源では、当時のデジタルなブレイクビーツ感がありましたけど、今のライブアレンジは、より本来的なラテンの生っぽい演奏に戻されている気がしますね。

新作からの充実のセットリストと、今のサザンが最高のバンドメンバーとみせる洗練された名曲

ここから、最新アルバム『THANK YOU SO MUCH』のゾーン(M9~M13)に入っていきます。9曲目は「桜、ひらり」です。

兵庫:今聴くとこの曲のイントロのシンセとキーボードは、80’sあたりのサザンっぽい、AORやブラコン(ブラック・コンテンポラリー)の感じがします。ここまでのセットリストがあったから気づけたポイントかも。

柴:僕はサザンの凄さは、The Rolling Stonesを比較対象にすると分かりやすいと思っていて。ストーンズの方がキャリアは長いけど、ここ10年、20年くらいを振り返っても新作アルバムの楽曲を中心にセットリストを組んでいたかというとそうではなかったかと。ベテランバンドになればヒット曲中心のセットリストになるのが普通だと思うんです。でもサザンはキャリア47年というベテランでありながら、新作を軸にセットリストを組んでいる。その点が驚異的だし、世界的に見ても非常に稀有な偉業だと思います。

この新作ゾーンの10曲目「神様からの贈り物」では、演奏と合わせて昭和の著名人の映像が流れました。

兵庫:昭和歌謡やテレビ、芸能へのリスペクトを感じますね。サザンは昔から昭和歌謡が大事だと言っていましたが、一部世間やロックファンは、昭和歌謡を昔のものと位置付けて、あまり重要視しないという時代があったし、今もそう思われているかもしれない。桑田さん、サザンはそこを日本の音楽、芸能の大切な流れとしてブレずに表現してきたんだと思います。

続く「史上最恐のモンスター」新作の中でも異彩を放っていて、ライブでもまた流れが変わった印象でした。

柴:この曲、アルバムの中で一番好き。確か限定盤のブックレットのインタビューにも書かれていましたけど、いわゆるアフロビーツの曲なんですよね。Remaの「Calm Down」という曲がリファレンスのひとつになったようなんです。今の日本の若手バンドのだれがナイジェリア出身のアーティストのアフロビーツを取り入れますかね? サザンクラスのベテランが、アルバム曲で最新のアフロビーツを取り入れる探求心に感服しました。

兵庫:セットリスト終盤の「ごめんね母さん」でも感じたけど、今もなお実験性のある楽曲が面白いですよね。

小松:いつまでも攻めているんですね。

その流れで「暮れゆく街のふたり」は、一転して演歌やジャズシャンソンにも通じる楽曲。マイナーコードでたっぷり聴かせる時間でしたね。

兵庫:改めて聴くとすごくディープな曲だね。

柴:ローカルの昭和感というか。先ほどの最新のアフロビーツから時代性も抒情性も対極なことが驚愕です。

こうしてライブを映像作品として観ると、改めて色々を考えられるというか、気付かされることがありますね。13曲目「風のタイムマシンにのって」は、原 由子さんボーカル曲で、ライブの雰囲気も変わりましたね。

柴:この曲も「桜、ひらり」に通じる80’sのシンセポップですね。

小松:この中盤のアルバムゾーンは、改めて聴くと思い切ったことをやっている曲を並べている印象ですね。それぞれが濃い曲ですけど、ライブでは違和感なく引き込まれていた記憶があります。

柴:この曲があるからこそ、前半の「海」とか過去曲のセレクトにも繋がっているのかもしれない。

中盤の新作アルバムゾーンでサザンの多角的な音楽性を感じましたが、ライブはデビュー初期のレア曲ブロックへと移ります。14曲目「別れ話は最後に」(1stアルバム『熱い胸さわぎ』収録 1978年発売)は、なんと1980年以来のライブ披露でした。

兵庫:この曲が収録されているリマスターアルバムのレビューを担当させていただきましたが、当時のサザンを聴いていた印象としても、ボサノヴァやラテンの要素を取り入れることに驚きがあったけど、今のサザンが最高のサポートメンバーを含めて演奏すると、圧倒的に洗練されてかっこいいですね。

柴:この曲は新作アルバムの中で所々感じられるデビュー前夜モードに繋がっているんじゃないかなと思います。桑田さんがMCで「この曲は関口さんと会った頃に作った曲です」と語ってましたが、僕としては「ここからデビュー前夜モードだよ」というメッセージなんだと受け取りました。しかし、この頃のバンドシーンでもボサノヴァのコードを前面に出した曲をやってるバンドなんかいなかったはずですよね。

兵庫:当時10歳くらいの自分はそもそも毛ガニさんのパートのパーカッションって何なんだろう? って思ってたもん。そんなバンドいなかったから。

柴:デビュー当時の時点でサザンがいかに卓越した音楽集団だったか、ということがわかりますね。

小松:次の15曲目「ニッポンのヒール」(11thアルバム『世に万葉の花が咲くなり』収録 1992年発売)も、1999年以来のライブ披露なんですよね。原曲はもっと音数の少ないラフな打ち込みの印象でしたけど、今回のアコースティックアレンジのライブバージョンはムードがあってかっこいいですよね。

柴:原曲はボブ・ディランの歌いまわしを90年代のデジタルロックで味付けしていた印象でしたが、今回のライブバージョンは、ボブ・ディランを憑依させようという楽曲の意図がそのままストレートに実現された形だと考えられます。

兵庫:この曲もライブで改めて聴くことで発見のある曲でしたね。

お馴染みのバンドメンバーの紹介を経て、16曲目「悲しみはブギの彼方に」(16thアルバム『THANK YOU SO MUCH』収録)は、デビュー前の未音源化曲です。

兵庫:関口和之さんの著書『突然ですがキリギリス』でこの曲の歌詞(〈雨が降らないと 米食えない 早く寝ないと 夢見れない〉)を知って以来、長年気になっていた曲がこうして生で聴けました。本で関口さんが桑田さんを天才だと思ったというエピソードと共に、この曲が記憶に強く残っていたんですよね。僕自身、この本にめっちゃ影響を受けて。東京の大学生って楽しそう、一人暮らししたい! って。のちに上京した時、桑田さんも入り浸っていた、関口さんのアパートがあった祐天寺に行ってみたくらい。

柴:(笑)。アルバムのブックレットにも紹介があって。1stアルバムには「いとしのフィート」があったから同じリトル・フィートのオマージュの「悲しみはブギの彼方に」は外したと。最新アルバムで未発表曲を掘り起こしてきたのは、原点回帰の意味もあったのでしょうね。

17曲目「ミツコとカンジ」(16thアルバム『THANK YOU SO MUCH』収録)は、アニメーション映像と共に披露されました。

兵庫:この曲の歌詞の背景(アントニオ猪木さんと倍賞美津子さんの話)を知らない観客も多いだろうなと思いながら見ていました。

小松:私も知らなかったです……。

柴:この曲は、アルバムでは「悲しみはブギの彼方に」と繋がっていて、リトル・フィートのような70年代のスワンプ・ロックのテイストがある。だからライブでもリトル・フィートへの憧れを詰め込んだデビュー当時の楽曲とセットで演奏する構成に意味がある。しかも桑田さんにとって少年時代からヒーローであるアントニオ猪木さんをテーマに描いたというところがさらに面白いです。

セットリストの中にメッセージがたくさんありますね。

柴:次の「夢の宇宙旅行」(16thアルバム『THANK YOU SO MUCH』収録)は世間が求めているサザンの曲。

観客の盛り上がっている映像もありますね。

柴:で、ありつつ、グラムロックっぽい曲調で、デヴィッド・ボウイへのリスペクトも感じます。

兵庫:歌詞はしっかり読み込むと重いテーマ(宇宙飛行の夢に終わる)ですが、現代の希望も取り入れられているところがポイントだと思います。

19曲目「ごめんね母さん」(16thアルバム『THANK YOU SO MUCH』収録)は、ダンサーを交えて披露されました。

柴:この曲は、歌詞では現代の世相を風刺しているような印象ですけど、『KAMUKURA』の時のTalking Headsやピーター・ガブリエルのようなアートポップの流れを汲んだ曲だと思います。

サザンには新しい曲を求めている

そして20曲目「恋のブギウギナイト」(配信シングル 16thアルバム『THANK YOU SO MUCH』収録)で、ミラーボールが回転し、会場のボルテージが一気に上がります。

兵庫:この「恋のブギウギナイト」で、個人的な絶頂ポイントを迎えました。去年の『ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024 in HITACHINAKA』でも披露していましたけど、全く違いますよね。セットリストの流れと演出によってというか。47年のキャリアで、最新アルバムの曲がライブの終盤のラストスパートの1曲目になるという点が、サザンの凄さを物語っています。

柴:ディスコだから、この曲も原点回帰の意味があるのかと思いますね。

小松:ステージに出てくるダンサーの衣装の方向性も今までのサザンのライブでは見なかったかもしれないですね。そういう意味でも新しい姿をずっと見せてくれるというか。

兵庫:ボディコンより前の衣装だね。僕が子供の頃の高級クラブのお姉さんの感じ?

MCを挟み、いよいよ終盤「LOVE AFFAIR~秘密のデート~」(41thシングル 13thアルバム『さくら』収録 1998年発売)です。

小松:「海」もそうでしたけど、不倫の曲なのに、こんなにも愛されているのがすごいです。歌詞はドロドロぶりが垣間見える内容ですが、横浜を舞台にしたロマンチックな曲として聞こえるのが、サザンの音楽の魔法だと思いますね。

柴:ライブで披露する時は横浜の映像も流れて、必ず盛り上がる一曲ですよね。

22曲目「マチルダBABY」(6thアルバム『綺麗』収録 1983年発売)、23曲目「ミス・ブランニュー・デイ(MISS BRAND-NEW DAY)」(20thシングル 7thアルバム『人気者で行こう』収録 1984年発売)へと続きます。

兵庫:「ミス・ブランニュー・デイ(MISS BRAND-NEW DAY)」は、当時のシニカルな歌詞を最先端の音で表現していた曲でしたが、今では熱いライブ曲として定着していますよね。

小松:元々はおしゃれな曲の印象のはずですけどね。ライブでの「ミス・ブランニュー・デイ(MISS BRAND-NEW DAY)」のこのコールっていつから生まれたんですかね?

柴:フェス以降じゃないかな。いずれも80年代の曲ですけど、いろんな時代性をくぐり抜けてサザンのライブの盛り上がりに欠かせない鉄板曲になったんですよね。

本編ラストの24曲目「マンピーのG★SPOT」(1995年発売)は、もはやサザンしかできない世界観です。

兵庫:映像で見ると、演出が過剰すぎて大丈夫かと思うレベル(笑)。

柴:サザンだからこその演出ですね。

小松:確かに他のアーティストではできない。そして実際に見ていたライブより映像になると余計に過激……サザンだから許されます(笑)。

柴:このパフォーマンスの過激さもフェス以降に観客の盛り上がりと合わせて出来上がっていったものじゃないかな? 画がすごすぎて音楽性が、とかじゃないレベルですけどね(笑)。

小松:そして今回のライブではコーラスのTIGERさんの存在感が非常に大きかったですね。最後に虎の映像も出てきて、TIGERさんがフィーチャーされるという演出が印象的でした。

アンコールに入り、「Relay~杜の詩」(配信シングル 16thアルバム『THANK YOU SO MUCH』収録)です。この楽曲も非常に重要な楽曲です。

兵庫:アンコールの1曲目に最新アルバムの曲があるのとないのでは全然違いますよね。定番の人気曲で組むのではなく、『THANK YOU SO MUCH』のライブツアーであるという意味がまた明確になる。そして「東京VICTORY」(55thシングル 15thアルバム『葡萄』収録 2015年発売)のようにこの先10年、20年と聴き続けられる曲になっていくんだと思う。

柴:この曲は神宮外苑の再開発をきっかけに書いた曲。『キラーストリート』もそうですけれど、桑田さんはたびたび青山のことを歌っていますよね。出身は茅ヶ崎ですけれど、レコーディングや制作の拠点はずっと青山のビクタースタジオにある印象です。自分が育った場所への愛情が深いですよね。

続くアンコールはその「東京VICTORY」です。東京公演のみでの披露でした。

柴:「東京VICTORY」は、アンコールで聴いた記憶がないかも。一曲目とか序盤や本編終盤に聴いていた印象です。10年程前の曲ですが、この楽曲も例えば「LOVE AFFAIR~秘密のデート~」だったり、ずっと聴かれ続けている楽曲がサザンにはあるから“往年の”という印象がないんだと思います。

小松:いつの時代も最新のヒット曲がありますよね。

柴:「Relay~杜の詩」と続けて披露されたことにも意味がありそうですね。

27曲目「希望の轍」(10thアルバム『稲村ジェーン』収録 1990年発売)、そしてラストの「勝手にシンドバッド」(1stシングル 1stアルバム『熱い胸さわぎ』収録)で、ライブは熱狂のうちに幕を閉じました。

小松:26曲ここまで歌ってなおこのエネルギーはすごいとしか言えないですね。

柴:「希望の轍」も絶対ライブで聴きたい曲ですよね。「勝手にシンドバッド」と合わせてこれぞサザンのライブですね。

兵庫:サンバとかプロレスラーとか、カオスなステージ上ですけど、トニー谷風なダンサーがいることが印象的でしたね。眼鏡をかけてそろばん持ってる人。トニー谷は昭和の芸人なんですけど、今回のひとつのテーマとして、もしかしたら昭和というものがあって、そういう演出なのかもしれない。

柴:そんな説明がなくてもライブはただ「楽しかった」っていう気分で終わって。その気持ちになれたことがただただ正解なんですよね。

ここまでサザンオールスターズのライブを映像作品で振り返ってきたわけですが、今回のツアーについて感じたことを改めて聞かせてください。

兵庫:2001年頃に桑田さんにインタビューさせていただいたことがあるんですけどその時に「(ライブで)みんなが聞きたいのはシングルの曲。それを含んだベストな選曲があればいい」という発言をしていた記憶があります。さっきの柴くんのストーンズの話にも繋がるけど、その桑田さんが、25年後に、新作を軸としてライブをやっているということが本当にすごいことだと思います。で、自分自身もサザンに新しい曲を求めているなと改めて思った。『THANK YOU SO MUCH』という新しいアルバムが出たことがまず嬉しかったし、今回のライブでも新作アルバムからいっぱい曲が聴けたことへの喜びがあったというか。そんな感覚はストーンズだろうが、ポール・マッカートニーだろうがないと思うね。

柴:ストーンズのアルバム『A Bigger Bang』(2005年)が今のサザンと近いデビュー40年を超えたくらいの時の作品だったんですけど、そのツアーでアルバム曲を10曲以上やってたかと言うとやってないんですよ。だから先ほども言いましたけど、新作で5大ドームをパンパンに埋めるツアーができているロックバンドは日本で、ではなく世界規模でいないんですよ。そういうロックバンドとしての偉大さは世界レベルであるという。

小松:全くそうですね。私がアルバムツアーを見るのは『葡萄』以来だったので、こんなに新しい曲をたくさん味わえて改めてサザンのすごさを実感することができました。新曲でこれだけ盛り上げられること、そして「この先もまた新しい姿を見せてくれるんだろうな」という期待感を持たせてくれるのが、本当に凄いです。

改めてアルバム『THANK YOU SO MUCH』については、いかがでしょうか。

小松:これだけのキャリアになると生みの苦しみが当然あることだと思いますけど、原点回帰も含め、進化も感じました。やりたいことをやっている姿勢と、音楽界や芸能界、ファンへの感謝の気持ちなどいろんなベクトルが融合している凄いアルバムだなと思いました。

柴:アルバムで言うと原点回帰だけでは説明できない。「史上最恐のモンスター」のような攻めた曲、アマピアノやアフロビーツのような最新のトレンドを取り入れた曲がある点が『THANK YOU SO MUCH』の重要なポイントだと思います。今回のライブではセットリストに入ってなかったですが、「盆ギリ恋歌」はインドネシア歌謡に着想を得た曲だったりもする。改めてではありますけど桑田さんは、常に最新の音楽を咀嚼して取り入れていて、この探求心と姿勢が変わらないところが、サザンの凄さです。

そんないろんな思いや姿勢の混ざり合いが大衆性を生んで、サザンが多くのファンに支持される所以なのかもしれないですね。それでは最後に、サザンオールスターズへのメッセージをお願いします。

小松:サザンを通してポップミュージックとは何かということを感じました。「サザン=ポップミュージック」というか。これからも楽しみにしています。

柴:サザンは音楽絵巻だと思っています。デビュー作から振り返るとリトル・フィートがあり、ボサノヴァがあり、レゲエ、ラテンもある。80年代にはAORがあり、00年代以降には歌謡曲の再解釈があり、そして最新作でアフロビーツがある。47年をかけて古今東西のいろんな音楽を聴いて、いろんな音楽を表現し続けている。だから出来上がった新作アルバムがこんなにも盛り上がることに繋がっているんだと思います。そして僕が言うまでもなく体調管理はされていると思いますが健康第一で是非ともまだまだ活動を続けてください。

兵庫:初めてサザンを聴いたのが10歳の頃で、今僕は57歳ですよ。そんな長くワクワクできるバンドいないですよ。それはサザンが新しい挑戦をやめないからですよね。僕も健康を祈るしかありません。これからもまた新しいサザンを見たいと思っています。